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さて、本来ならばこのまま物語の始まりから終わりまでをここで過ごし、しゃべる言葉はあって一言、『賑やかな港町』を演出するにすぎないモブAである彼なのだが、どこの誰の悪戯か、性別以外にもう一つ与えられたものがあった。 それは彼に疑問を持たせ、感情を芽生えさせた。さながら知恵の実か、ともかくそれがモブAである彼を、この先奮い立たせる原因となる。 彼は、『自我』を与えられた。 それはこの世界を理解するには十分すぎる代物だった。これから始まる物語。その物語の主人公ないし、それに準ずる者達の存在。そして、その物語における自分の、悲しいまでの立ち位置を。 自分はいわば背景なのだと。誰の目にも留まることなく、主人公達が悩み苦しみ、仲間と共に困難に、ひいては世界に立ち向かう裏側で、何も与えられぬまま、およそ人生と呼ばれるものを何一つ経験せぬままに、『釣りをする男』で一生を終える。それがモブ。そんなつまらない存在。それが自分。
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