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そんなのはゴメンだと、彼は神様の用意した、ちっぽけな運命に唾を吐いた。 誰かが彼に与えた自我は、彼に夢を持たせた。モブなんてつまらない底辺の存在から華麗に昇華し、スポットライトが光を灯す壇上へ、物語の中心へと躍り出てやる。そう、それが彼の夢。一言で言うなら、 『主人公』 彼は、主人公になりたいと願った。なると誓った。決意した。本来の主人公も驚くことだろう。未だ運命の歯車とやらに巻き込まれたかどうか程度の、自分が物語の中心であるなどとは露にも思っていない、そんな己の立ち位置を狙う、名も無き狩人がいると知ったら。 彼は釣糸を引き上げると、何も泳がぬ、海水だけが入ったバケツ共々釣竿を見知らぬ隣の彼女に預け、 「主人公とやらを見に行ってくるよ」 と告げた。 「いってらっしゃい、気をつけてね?」 見知らぬ彼女は優しく微笑みながらそう答える。彼女には自我は存在していないはずだ。ならばこの言葉も表情も、誰かが与えた役割か。彼も負けじと笑顔を送る。だが自我が、心がないのなら、その笑顔が彼女に届くことはないだろう。
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