11人が本棚に入れています
本棚に追加
私はできる限り陽気に振る舞いながら語りかける。
「こんばんは。
貴嬢はずいぶんご機嫌ですね。
いったいどこへ行くんです?
当てもなく散策?
恋人を探索?」
彼女はにっこり幸せそうに笑って応える。
「愛しい人に逢おうと画策。
"金鏡の湖"へ行くのです。」
私は息を呑んで、更に質問を重ねる。
「知ってますか?
"金鏡の湖"を覗き込んでいるところを魔女に見つかれば、"夢幻の牢獄"に囚われるのです。
怖いでしょう?
恐ろしいでしょう?」
「穏やかな心証。
恐怖などありませんわ。
愛する人に逢えるのですもの。」
やはり、と私は思った。
彼女はきっとあの詩人に恋をしていて、"金鏡の湖"へ行ってあの詩人に会うつもりなのだ。
私はもうすっかり、そう決めつけてしまっていた。だから私はとっさに、こう言ってしまったのだ。
「"金鏡の湖"へ行っても、吟遊詩人はいませんよ。」
彼女は一瞬キョトンとして、それからおもしろそうに笑うと、
「貴方は彼をご存知なの?」
と言った。
――あぁ、しまった。
自分が愚かな失敗をしたことに初めて気がついた。
「いいえ、いいえ、知りません。」
取り繕うように答えたが、後の祭り。彼女はますます笑みを深めて花壇の前にしゃがみこみ、私の顔を覗き込む。
「彼は"金鏡の湖"にいるのですか?」
彼女は私が詩人を知っていると確信していた。これでは私も観念せざるを得ない。
「……さぁ、知りません。
彼は『"金鏡の湖"へ行くな』としか言いませんでした。」
私がそう言うと、彼女はしばらく考え込み、驚くべき言葉を口にした。
「彼を知っているのなら、ついて来てはくださいませんか?」
まさか自分が誘われるとは思ってもみなかった。
「何故私が?」
問いかけると、彼女は私の顔を見て、まっすぐに答える。
「私は彼の顔を知らないのです。」
私はますます驚いた。
「貴嬢は、彼が好きなのではないのですか?」
「わたくしは嫌い。」
彼女は苦々しく顔を歪ませ、
「彼に恋をしていたのは、わたくしの双子の妹ですわ。」
と、付け足した。
彼女は何故自分が"金鏡の湖"へ行く決意をしたのか、語ってくれた。
彼女が言うには、ある晩から彼女の妹の夢に、吟遊詩人が現れるようになったらしい。毎晩夢で会ううちに、妹は吟遊詩人に淡い恋心を抱くようになった。
最初のコメントを投稿しよう!