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「稲越(いなこし)さん、今夜食事でもどうですか?」
領収書を片手に、営業の高田君が笑顔でそう言って来た。端整な面立ちでさぞ若い女の子に人気があるであろう彼が、なんで私を誘うのか、答えは一つしか見当たらない。
「遠慮しておくわ。これは?」
四十を目前に控えた売れ残りの女を、本気で誘う男がどこの世界にいるのだろうか。そんなのは物語の中にしかない。
彼の持つ領収書は二ヶ月前の物。それも飲食店で打刻は二十一時。
「接待費ですよ。今日がダメなら明日とかどうです? あ、それと、早路(さち)さんって呼んでいいですか?」
入社二年目で接待費の領収書が落ちると、本気で思っているのだろうか。それも二ヶ月前の物。
「明日でも明後日でも行きません。馴れ馴れしく名前で呼ばないで。領収書は受理出来ないわ。どうしても出したいなら上司を通して」
困ったように頭の後ろを掻く高田君。手の動きに合わせて踊る手入れの行き届いた柔らかな黒髪、スーツやネクタイの選び方から見ても普段から女の目を意識したお洒落。私の一番嫌いなタイプだ。
彼のような男性が私を誘う時は――違うタイプの男性に誘われた経験はないが――賭けの対象になっている時くらいだ。学生時代から積み上げた経験で十分わかっている。だから相手にする必要はない。
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