9人が本棚に入れています
本棚に追加
/77ページ
「でも……桜花さんは……」
僕の言わんとすることを、ササメさんは分かっていた。
「だから、大丈夫って言ったろ。なんてったって、敵にアイツの姿は『見えない』んだからな」
「見え、ない、……?」
僕は、サラッと言ったササメさんの言葉を、確かめるように繰り返した。
見えない、見えない、見えない、見えない、見えない…………見えないのか?
僕の脳裏をよぎったのは、金色の綺麗な髪を一本に纏めて幸せそうにケラケラ笑う、桜花さんの姿。
……んな、ワケねー。
僕はササメさんに、疑問の視線を送る。
「正確には『見えない』んじゃなくて、『認識できない』んだがな……」
ササメさんはそう言うと、袈裟の懐に右手を突っ込み、一本のボールペンを取り出した。あの懐は四次元ポケットか。
それから、ササメさんは取り出したボールペンの端を軽く摘むと、僕の眼前に突き出し、上下に振り始めた。
「どう見える?」
ササメさんは揺れるボールペン越しに訊いた。
「どうって……クネクネ曲がってます?」
僕はササメさんの行動の真意が分からず、眉間にシワを寄せながら、見たままに答える。
確かに眼前で揺れているボールペン(黒)は、文字通り、蛇のように蛇行して見えた。
小さい頃に、「僕はなー『ちょーのーりょくしゃ』なんだぞー」とか言って自信満々に同じことを僕に見せてきた友達を覚えている。
曲がるはずのないボールペンが曲がっている光景を目の当たりにした当時の僕は、本気でその友達を『ちょーのーりょくしゃ』だと信じたワケだ。
「ボールペンが曲がるか。ボケ」
何故かササメさんに一蹴された。
……ビドイ。
「ま、曲がらないに決まってるじゃないですか!」
僕は少しだけ、苛立ちながら答える。
「でも、お前にはボールペンが曲がっているように見えたワケだ」
「まぁ、そうッスけど……」
ササメさんはタバコと同じようにボールペンを無造作に放ると(物は大切にしましょう)、言った。
「つまり、お前の脳みそが曲がっているように『錯覚した』ってことだ」
ササメさんは続けた。
最初のコメントを投稿しよう!