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青年が、笑顔を見せて歩き去っていく。
暗い暗い闇の向こうへ。
必死にそれを追いかけるが、伸ばした手は届かない。
そのうちに青年の姿は小さくなって、ついにはぼんやりとした光になった。
光は遠く近く、誘うように揺れ動く。
待って!
音にならない声は闇にのまれる。
待って、いかないで!!
声は届かない。
ダメ。そっちはいけない。だって、そっちは――。
「‥い。おい。‥きろ!」
不意に声が意識を揺さぶった。その声と混じり、叫ぶ声。
行かないで。お願いだからいかないで。
「おい、起きろって!!」
「行くなって、言ってんだろーがー!!!」
ロベリアは、目覚めとともに鉄拳を見舞った。
†
「おはようございます」
ロベリアが階下に降りると、机に皿を並べていた恰幅のよい女性がにこやかに振り返った。
「まあまあロベリアちゃんおはよう。ごはんできてるわよ」
「あーっ!モネさん、私がやりますよ」
「おーいおばちゃん、パン焼けたぜ」
途端ににぎやかになる台所。
ロベリアが慌てて女性、モネの手から鍋を取り上げ、アスラがモネに声をかける。
今年十七を迎えるその青年の右頬は、赤く腫れていた。
「あらあら悪いわねぇ。おばちゃん助かっちゃうわ」
「いやいや、居候してるんスからこのくらい当然ですよ」
アスラは手際よく焼きたてのパンを皿に並べ、その隣にロベリアが形よく卵料理を盛り付ける。
ただ少し、アスラの動きが乱暴なのは仕方ない。
朝一番で殴られたら、誰だって不機嫌になるものだ。
加害者ロベリアは、冷静にそう分析していた。
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