しじまの向こう

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降りしきる雨は、さっきからいっこうに弱まる気配を見せない。 まとわりつくような雨が少女の身体を濡らし、少しずつ体温を奪っていく。濡れた衣服が肌にぴったりと張りつき、わずかに不快感を覚える。 それほど肌寒さは感じない。むしろ極度の疲労と緊張感のため、白い顔と両腕に玉のような汗を浮かび上がらせている。身体の内側から沸き上がってくる火照りが収まらない。 「……おかしい。さっきから誰もいない。こんなことって……」 少女は、誰にともなく一人つぶやいてみた。 彼女の名前は風香。年の頃は十代半ば。典雅な顔立ちをしているが、まだ少女らしいあどけなさも残している。 ハンターらしからぬ、白くきめの細かい肌。涼やかな目元には深い知性をたたえ、その瞳は磨き上げられた黒曜石のように輝いている。形のととのった薄桃色の唇は、いたずら好きの妖精のように蠱惑的ですらあった。 艶やかな黒髪はワンレングスに切りそろえられ、彼女の活動的な印象を強めていた。髪には、水鳥の羽根で装飾した空色のカチューシャが留めてある。 着ているものは赤と青を基調にした鮮やかな衣装であるが、それには精霊の加護がかけられてあり、見た目よりもずっと耐久性が高い。 そして、背には華奢な体には不釣り合いな長い剣──太刀が背負われていた。 探している標的はいまだ姿を現さない。鳥や獣の鳴き声すら聞こえない。 一面に広がる湿地帯には、ところどころに草木が群生しわずかばかりの緑を見せており、その近くには大小様々なキノコが生えている。厳選された貴重なキノコであれば、市場に出したらかなりの高値がつくことだろう。 風香は村長のおばあちゃんの家で食べた、キノコ料理を思い出した。 サクッとした食感のマッシュルームとベーコンのキッシュ。濃厚なモリーユ茸のクリームソース。滋味あふれるジロール茸とトランペットのコンソメスープ。香りゆたかなトリュフのソース。 芳醇な香りの記憶が、彼女に忘れていた空腹を思い出させた。 降り続く雨は、大地にいくつもの水たまりを作り、それが鏡のように湿原の景色を映しこむ。 目指す標的はいまだその姿を見せない。
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