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そこにいたのは、一人の青年だった。
目に優しい緑をバックに、黒を基調とした服を身に纏い、真っ直ぐラズを見つめている。
知ってる。
――ううん、知らないよ。
矛盾した認識のもと、ラズも彼を見つめ返す。
先に口を開いたのは、青年の方だった。
「ラズ、と呼んでも?」
「……いい、けど……キミは誰?」
「イェルチ」
聞いたことのない名前だ。
黒衣の青年の名前を舌の上で転がして、ラズは頭を振った。
やはり、知らないのだ。
知っている気がする、なんて、所詮気がするだけ。
「場所が移動したって、どういうこと?」
「そのままの意味だ。フィールドにおけるラズの座標が、街から森へと移動した」
ラズの問い掛けに、青年――イェルチは間髪入れずに答えを述べる。
抑揚のない声だった。
普段ならば気味悪がったかもしれない。
しかし、今この場において、ラズの情報源は彼しかいない。
何とか状況だけでも把握しようと、再度尋ねる。
「移動、ってどういうこと? フィールドとか座標って……まるでゲームみたいに」
「まるで、じゃなく、ココはラズのボキャブラリで言う所のゲームの世界だ」
「……は?」
「正確には電脳世界(オンライン)。開発中のゲーム『パラダイス・リアル』のフィールドの一部に、ラズと私はいる」
「…………は?」
二度目の問い返しに、イェルチは一言一句違わず繰り返してみせた。
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