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「今この瞬間も、精神と肉体は繋がっている」
「まあ、そうだろうね。夢ってそういうものだし」
それのどこが問題なのかと、ラズはイェルチを見遣る。
「ラズの精神が負った傷は、そのまま肉体にも反映される」
「……はい?」
「たとえば、今ここでラズが腕を切ったとしよう。そうしたら、目覚めたラズの肉体の腕にも傷が残っているということだ」
迂闊に怪我なんてできない。
己の認識を改めるラズは、一つの可能性に思い当たり、顔色を無くした。
確認するのは怖い。
しかし、しなければならない。
「……ココで、死んだりしたら」
「肉体も死ぬ。永遠に目覚めない、ということだな」
「っ、そんな危ないゲームがあるか!」
「そのためのテストプレイだ」
あっさり言われ、やり場のなくされた怒りを飲み込んだラズだった。
恐らく、このテストプレイに立候補したのは自分なのだろう。
そう考えると、いくら覚えていないとはいえ、いつまでも文句を言ってはいられない。
「それで、キミがこのゲームのチュートリアルマスターってことか」
「そんなところだ」
改めて、正面からイェルチを見つめる。
黒髪、黒衣。
黒一色の中、ラズを見つめ返してくる瞳だけが赤い。
理知的な印象を与える瞳だが、どこか恐怖も感じてしまう。
「……ハイライトが足りないな」
「何か言ったか?」
「いや、独り言」
チュートリアルマスター、イェルチ。
彼はこのゲームの中だけの、創られた存在。
ラズの目の前に佇む姿だって、立ち絵と呼ばれるグラフィックに過ぎないのだ。
それなら、抑揚のない話し方にも納得がいく。
彼はプログラム。
決められた通りにしか、動けない。
テストプレイというからには、気付いたこと等も後で報告した方がいいのかもしれない。
たとえば、チュートリアルマスターの印象とか。
ラズは一人頷いて、再びイェルチを見つめたのだった。
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