第一章

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 目的の物が、ない。  我が家ではペットボトルに入っている醤油を安売りで買ってくるわけだが、 「え? ちょ、お兄ィ? 醤油は?」 「い、いや、ちょっと待った」  背中から嫌な汗が湧き始め、内心焦りながら手の動きが加速。  同時に何時何処で何を買ったのかを回想しつつ、高速でがっしゃがっしゃ言わせながら数秒。 「――無いな、こりゃ」 「醤油ないんじゃん!?」  今にも吠え出しそうな犬の雰囲気を真正面から叩き出しながら、我が妹は投手さながらの投擲速度でお玉を放る。  無論反応など出来る筈もなく、至近距離のため威力が減衰するわけがないので少々鈍い打音が額から響いた。主に体内に。 「ぬぉおおおおおおおおおお……!!」 「馬鹿お兄ィ! 今日肉じゃがのつもりなんだよ!? 醤油で味付けしないでどうするのさ!!」 「い、いや、妹様、牡蠣醤油とかで代用は……」 「まだお玉がいる!?」  素晴らしい剣幕に兄、土下座。いや弱いんじゃなくてこの子が怖いだけ。うんきっとそう。  ともあれ、此処で漫才をしてたら、それこそ状況が進展しないので自転車に跨る俺。  ちなみに忘れた罰として、醤油は俺のお小遣いから出せとのこと。泣けるね。 「愚痴らないの! ほら制限時間は20分だからね?」 「流石に鬼畜過ぎやしませんか我が妹?」  無言でお玉を構える妹。無言でペダルを漕ぐ俺。  まあ、あれだ。なんというか、いつもの光景である。  少々代わり映えはないが、俺はこんな仲の良いやり取りが気に入ってるのだ。
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