うたかた

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  獣との距離が3メートルほどまでに縮まったその瞬間、獣が強靭(きょうじん)な脚で地を蹴った。それは予想していたよりも早く、眼前に獣の鋭い爪が迫る。   考えるよりも先に、体が動いた。   ぎりぎりで爪をかわし、右足を振り上げて獣の腹に強烈な蹴りを食らわせる。どさりと音を立てて地面に倒れた獣は、しかしすぐに立ち上がり再び襲い掛からんと狙いを定める。   しかし、獣が地を蹴るよりも早く何事かを呟くと、獣の脚は地に縫いとめられたように動けなくなった。こつこつと踵(かかと)を鳴らして近づき、敵意もあらわに唸る獣の頭部を撫でるように触れ、また何か呟く。   すると、獣は突然苦しげに吼え、程なくしてその姿がざらりと砂になって崩れた。     一体何が起こったのか。   獰猛(どうもう)な獣を相手に闘う術など自分にはない。それなのに体が勝手に動き、獣を倒した。不可解なことに、自分が発したはずの言葉が聞き取れなかった。獣が何故動かなくなったのか、何故砂になったのか、それも不可解だ。   まるで、体だけが自分ではないようだ。夢なのだろうか。   しかし、獣の腹を蹴り上げた時の感触も獣の重みもしっかりと感じた。夢にしてはリアルすぎる。     ふいに、視界が歪んだ。
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