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ここに居るということは確かなのに、姿を捉(とら)えることができない。挑発されているのだろうか。
眉間にしわを寄せ、小さく舌打ちをしたアキラは、ゆっくりと息を吸い込んだ。そして、肺の中に取り込んだ酸素を空っぽにするように長く息を吐く。
深呼吸して気持ちを落ち着けたアキラは、そっと目を閉じた。そして意識を集中させる。
「へぇ、私の気配を探(さぐ)るつもり?」
愉(たの)しげな声が反響して耳に届く。ともすれば集中を欠きそうになるそれに耐え、女の声を意識的にシャットアウトする。
目を閉じて約1分。今まで聞こえなかった、かすかな衣擦(きぬず)れの音が聞こえた。そして息遣い。それらが離れた場所から聞こえたり、ごく近くから聞こえたりする。
寄せては返す波のように、アキラの周辺を行ったり来たりしているのだろう。
アキラは、女の息遣いが近くになるタイミングを見計らい、素早く腕を伸ばした。
「!!」
伸ばした腕は女の二の腕を捉えた。
まさか掴まえられるとは思っても見なかったのだろう。女はひどく驚いている。
目を開いたアキラは、捕らえた女をその目に映した。緩やかなウェーブを描いたセミロングの栗色の髪。年齢は20代前半といったところだろうか。白いワンピースは清楚な印象を与えるが、女の放(はな)つ異様な雰囲気は決して清楚ではない。
異様なのは雰囲気だけではなかった。
掴んだその腕に、熱を感じない。廃屋(はいおく)で出逢ったレイヴィ=ウォーカーを思い出す。
「あんたも幽霊の類(たぐい)か」
夢なのか現実なのかはっきりとわからないこの空間に存在し、なおかつ姿を現さずに声を図書館中に反響させるなどという芸当は人間には不可能だ。そして、見た目にそぐわぬ異様な雰囲気と熱を感じない体は人間ではないことを物語っている。
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