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エルランド領は風光明媚で知られる景勝地である。北に急峻な霊峰を背負ったその土地を代々治めてきたのは、アンフェル一族であった。アンフェル一族の居城であるエルランド城は秋の雨に打たれ、灰色の城壁は湿り、色づいた木々の葉が反射されていた。秋は、短い季節であるが、エルランド領が最も美しい季節であった。
その日、オールドア・アンフェル卿の治めるエルランド領に一人の客人があった。
トンネル状に城門まで続く並木道を歩く一人の男がいた。
白いマントを羽織ったその男は、歳の頃は二十前後。厳しく唇を結んではいるが、まだ幼さが抜けていない。
男が歩くと、鹿革のブーツがちらりちらりとのぞいた。僅かに金属の音もした。
旅人にしては珍しく、腰に得物を提げている様子は無かった。
代わりに、左手に杖を握っていた。杖の先には青い水晶が鷹の爪を模した装飾に頂かれるようにして取り付けられている。
アグダマイトと呼ばれる聖石である。邪悪なものを払う石として知られている。また、使用者の魔力を媒介する。
その為、教会はこれを厳重に管理しており、採掘から加工の全てを教会付きの騎士団が監視している。
また、それを使えるのは聖職者だけと決められている。
つまり、その青年、サンスロ・ガルホンは聖職者なのである。
彼はつと足を止めた。
城門の前に紅の上等な衣服を身につけた人影がいた。
サンスロの口元が引き締まった。
彼が戦うべき相手、オールドア・アンフェル卿だろう。
敵の顔を確認したサンスロは、ここに来る事になった秋のある日を思い出していた。
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