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「ん?」
相変わらずの笑顔のまま、ゆったりと小首を傾げる本田先生。
……思わず、思い出し嘲笑(わら)いしてしまうところだった。
緩みそうになる口許を、きゅ、と引き締める。
いつまで“そのつもり”でいるんだろう。
これも、“義務感”からだろうか。
さっき、自分の“想い”を確信したばかりなのに。
先生を前に速まっていた筈の血流が、一気に急減速する。
微かな瞳の乾きに気付くと、速くもなく遅くもない瞬きで、自分の心に余裕を持たせる。
……もう、居ないようなものだ。
だったら……
まだ、ほんの少しだけ血流の影響を受けた熱さが残る頬の緊張を緩め、ゆったりとした先生の空気に馴染むように口角を上げた。
「……いいですよ。私はいつでも」
先生には負けるかもしれないけれど、出来るだけ精一杯の笑顔を浮かべてみせる。
笑顔と言っても、今の私の状態で造り上げられたものは、世間一般では“自棄”と呼ばれる括りのものだ。
胡散臭さを微塵も感じさせず、内から出るオーラで構成される先生の柔和な笑顔とは程遠い。
この回答を、冗談返しと取られても、本気と取られても、私は特段困る事はない。
どちらに取られても、本田先生に恥を掻かせる事だけはないのだ。
「あ、……」
一瞬だけ、柔らかさが消えた表情から、恐らく回答への是非が述べられようとしたところで、私の背後から景気の好いノックの音が割り込んできた。
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