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ワンテンポの隙も空けず、本田先生の許可も得ないまま、あっさりと開け放たれる扉に振り向いた。
「失礼しますー」
語尾が間延びし鼻に掛かった声の主は、ひらりと上品なスカートを揺らし、教員室の中に踏み入ってくる。
目に付くのは、胸元まで伸びている綺麗な巻き髪に、ファッション雑誌をそのまま参考にしたようなフェミニンな風貌。
何だか見覚えがあるなと思うと、即座に、昼食時カフェテリアで見たあの学生だという事に気付く。
「本田先生ぇ、……あ、すみません」
返答も待たず立ち入ってきたんだから、私がここに居る事も一切予想していなかったのだろう。
明らかに造りこまれた愛らしい笑顔は、振り向いたままの私と視線が絡むなり、無利益なものには出し惜しみすると言わんばかりの早さで、そこから表情を消した。
同性に甘えるような笑顔を向けられても、いい気分になるかと言ったらそうでもないけれど、そんなあからさまに態度を変えられると、流石に不快感が湧く。
「神園さん」
柔らかい声に呼び戻され向き直ると、渡していたファイルが先生の手元で掲げられ、軽く左右に揺すられた。
「これ、お疲れ様」
変わらない柔和な笑顔が、優しく労いの言葉をくれる。
だけど、何故か退室を急かされているような気分になったのは、私が相当な捻くれ者だからだ。
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