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「え、……嘘……」
「本当」
ふふ、と小さく笑うと、汗を掻いたグラスの中の氷がカランと爽やかな音を立てた。
「……でも、あんなに……」
「いいの。私が余りにもタツキを放任し過ぎたのがいけなかっただけ」
「明菜……」
空調の効いた喫茶店内は、夕方の時間帯で客足は少なく、氷の溶け合う音もわりとはっきり聴こえた。
ゆったりとした有線の音楽は、つい先日きちんとした節目を迎えた私の心に同調するように、緩やかな流れで揺らめいている。
そう、……私の心は、意外にも穏やかだった。
夏も本番に差し掛かり、誰もが浮き足立つ人生最後の夏休みになろうかという頃。
大学の帰りに、マナを駅前の喫茶店に呼び出した。
春休みに一度会ってからは、暫く連絡を取っていなかったので、電話した時のマナは妙にハイテンションだった。
それなのに、話の内容は……
「なんか、別れてすっきりした感じがするの。“彼氏なのに”って、いちいち呆れなくて済むし」
「……」
丁寧なマスカラの乗った睫を震わせ、私を見つめるマナは、私とタツキの馴れ初めを語るには欠かせない人物だ。
高校時代、あれだけ私達の間を取り持つ事に尽力してくれたマナには、こうやってきちんと会った上で、話をしたかった。
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