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もっと、泣けるかと思ったのに……
本当に、自分でも驚くほどのこの落ち着きは、一体何なのだろう。
昔は、こんな日が来るなんて、一時たりとも思った事なんてなかった。
ずっとずっと、隣に居る事が当たり前で、その当たり前すらも当然のように意識した事なんてなかったのに。
……未練も無いなんて。
「あのね、ショウ……今日は……、えっ、わかった……」
「……」
通話の終了した携帯を両手で握り締めたままテーブルの上に降ろし、マナが小さな溜め息を吐いた。
「ショウくん、着いたって?」
「うん……」
「じゃ、出よっか」
「……嫌……」
「ん?」
「今日は明菜と一緒に居る」
握り締めた携帯に視線を落としたまま、何故か、こちらに着いたらしい彼とのデートをすっぽかそうとするマナ。
私に気遣ってくれようとするマナの気持ちは良く分かるし、ありがたい。
だけど、流石に、もう到着してしまった彼を蔑ろにさせるわけにはいかない。
それでは、私の二の舞だ。
「今日は明菜と一緒に居るの」
「マナ……」
彼の事はちゃんと大事にしてあげないと、と促そうとすると、少し離れた所から、コロンコロンと鳴るドアベルの音が届いた。
心当たりのある来店客に、マナが自分の肩越しにドアの方を振り向く。
釣られるように視線を向けると、茶色の短髪の男性がこちらに向かって片手を上げていた。
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