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「う、ううん……ありがと……」
ドキドキと落ち着かない動悸を悟られないように、そっと彼の胸板を押す。
「ご、ごめんね……疲れたでしょう? 起こしてくれても良かったのに……」
「起こしましたよ。でも、『うん』って頷くだけで、目は開かなかった」
またしてもくすくす笑う声に、酷く羞恥が煽られる。
「……ごめんなさい……」
「いいですよ。とりあえず出ましょうか。本当に間に合わなくなる」
腰にあった手の感触が遠退くと、熱さの無くなったそこに微かな空虚を感じた。
だけどそれは一瞬の事で、明らかな違和感に気付くと、その感覚も脳に記憶される事なく掻き消される。
「あれ、マナは?」
椅子に掛けていたバッグを手に取り、見渡すほどでもないテーブルに、揉めていた筈の二人の姿が見当たらない事に気付く。
あるのは、氷の溶けかけた烏龍茶が満ちたままのグラスと、半分ほど飲み干された同じ色のグラスだけ。
「先輩が担いで帰りました。やっぱり俺呼ばれて正解ですよ」
「担いで……」
お姫様抱っこのようなロマンチックな抱き方ではなく、米俵のように抱えられているマナの姿を想像して、ふふと笑いを零す。
テーブルに片手を付き、ゆっくり立ち上がろうとすると、既に腰を上げていたさとるくんが後ろから優しく両方の二の腕を支えてくれた。
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