29/38
前へ
/673ページ
次へ
* 時折、無線のノイズに混じった声が、車内の沈黙を横切って行く。 シートの背凭れに背中を密着させてはいるものの、少し斜めに傾いただらしのない身体は、左隣の二の腕に軽く体重を掛けていた。 触れる肩の部分がほんの少しだけ熱を持っているような感覚がしたけれど、そこはアルコールを言い訳に気付かない振りをする。 腕からだらりと落ちる掌に触れているのは、パリッと糊の効いた清潔感のあるシートの感触。 無防備に放り出されているその手に、……彼のすらっとした長い指が、静かに寄り添ってきた。 タクシーに乗り込む寸前まで、しっかりと指を絡め握り締めていたのに、一度離れてしまうと、その慣れた感触もリセットされてしまった。 暗闇に飛んでいく街灯を見過ごしていた視線を、熱を伝えて来る左側に落とす。 これだけ距離も無く寄り添っているんだから、そうしない事の方が不自然な気がして、軽く力を加えてきた掌に微かに胸が逸ったものの、それに抵抗なんてしなかった。 手の甲を包み込む温かい感覚に、全ての意識が集中しようとすると、突然小刻みに音を立てる振動に阻止された。 どうやら隣の彼の携帯のようで、どこからか取り出そうともぞもぞと動く身体に、触れている肩から揺れが伝わってくる。 左に落としていた真っ暗な視界に差し込んで来る眩し過ぎるほどの明かりに、思わず目をしかめた。
/673ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8216人が本棚に入れています
本棚に追加