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  ここに来て、胸の動悸と締め付けが最高潮に達する。 『無害な男』だと言われたさとるくんも……正真正銘、一人の“男”、なのだ。 今になって、『泊まりますか?』と言われた言葉の意味を理解した。 ……多分、このまま何をされても、私の言い訳なんて“自業自得だ”と突き返される。 下に下ろすタイプのドアノブは開けることは出来ても、両手の塞がっている状態では、部屋の照明のスイッチまでは押せない。 微かな明かりのお零れしかない暗闇の中、辿り着いたベッドに、……そっと身体が下ろされた。 身体の重みでギシと鳴るスプリングの音が、自棄に耳につく。 「……」 さとるくんの腕に支えられた背中から、激しい鼓動が伝わっていないだろうかと、独りで勝手に動悸を煽ってしまった。 枕に向かってゆっくりと倒れ込み、慣れた洗剤の香りに少しだけ安心したものの、 部屋の入り口からの薄明かりに浮かぶ表情の見えない間近のシルエットに、心臓は落ち着きを取り戻せないでいる。 そっと背中から抜かれたさとるくんの掌が、枕元に添えられ、 握り締めていたバッグが、私の手からそっと抜かれると、 「じゃ、おやすみ……」 という優しい囁きが、鼓膜を柔らかく撫でた。 「……」 黒のシルエットの表情はうかがえないまま、告げられた別れの言葉に、……不意に淋しさが過ぎる。 何を期待していたわけじゃない。 何かされて、いいわけじゃない。 ……だけど、 枕元に添えられた手に体重をかけ、立ち上がろうとしたさとるくんの腕を、 ……咄嗟に捕まえてしまった。
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