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  表情は見えないけれど、さとるくんが息を飲んだのがわかる。 「……」 「……」 こういう場面に遭遇したことがないから、この状況がどれほど危険なものなのかを、きちんと理解していない。 『本当、俺でよかったですよ』 さとるくんじゃなかったら……? 私はきっと、ただじゃ済まされない。 それなのに私は、可能性のある危険にとことん無防備だ。 この暗い部屋に“独り”取り残されてしまうことの方が……嫌だった。 でも、淋しいのは別れの瞬間だけ。 居なくなってしまえば、なんてことない。 いつもの空間に戻るだけ。 タツキにだって久しく甘えていなかったんだから、 独りの空間には、もう慣れてしまっていたはず…… なのに…… 微かに過ぎった淋しさを埋めたいが為だけに、その腕を捕らえてしまった。 ……優しく私を介抱してくれた腕。 ……温かく握り返してくれた掌。 なぜ、一度“温もり”を感じてしまうと、 ……普段意識していない淋しさが主張を強くするのだろう。 ベッドから離れようと浮かされていた掌は私に捕まり、刹那の躊躇いのあと、静かに元の位置に下ろされる。 無防備な静寂の中に聴こえるのは、喉の奥で大袈裟に脈打つ心臓の音と、 表情の見えない彼が、と、と床に膝をついた音。 枕元が少し沈む感覚と、シルエットだけでわかるさとるくんとの距離が縮まる気配に、 ……彼の腕を掴む掌に、力が入った。
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