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  その瞬間に過ぎったのは、駅で見掛けたあの二人の姿。 あの二人も、私の見えないところで……こんな風に甘やかな空間を育んでいたのだろうか。 私が出来なかった“甘え”を、あの子はいとも簡単にこなし、 淋しいときには“淋しい”と、彼を素直に求めていたのだろうか。 『どうして別れたくないって言わなかったんです?』 だって、……言ってすがるみっともない自分を、彼に晒したくなかったんだもの…… 『彼と鉢合わせするからですか?』 だって、……お酒に飲まれた惨めな自分を、彼に晒したくなかったんだもの…… 『まだ好きなんじゃないですか』 好き、だったから……。 『どうして……彼のことを一度も否定しなかったんですか?』 彼を想ってしていた私の行動が、逆に彼を離れさせた原因だったから…… ――『明菜、……お前オレのことに関心ないんだろ?』―― タツキとの関係が終わる日…… 全ての原因が私にあったんだと、思い知らされた。 さとるくんのシルエットが視界の全てを覆い、さらさらの前髪が額に触れたところで、 縮まり続けていた距離が、……彼の気配と共に一気に遠退く。 「自棄……、起こしちゃ駄目です」 目元に温かな指の感触を感じると、柔らかく穏やかな声が私を窘めた。 私がやるべきだったのは、……こうやって自棄を起こして、他の誰かの腕を借りて甘えることより、 ……タツキにちゃんと、私の甘えを受け止めてもらうことだったのだ。
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