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「きのこは美容にいいよー」
押しの一手に顔を上げると、愛らしい表情には余り似合わないさばさばとした性格がうかがえる声に、流されるまま「じゃ、それで」と笑顔を返した。
「あと、ホットコーヒーを……」
伝票に注文を書き込む中村さんに向かって付け加えると、
「それから、海老ピラフと春雨スープ。全部僕持ちね」
と背後から穏やかな声が、私を通り越して行った。
「え……」
少し上の方から聞こえた声に振り向くと、さらさらとした黒髪の軽く分けた前髪をかすかに揺らしながら、眼鏡の奥の穏やかな瞳が飄々と、濃い茶色の皮財布を広げていた。
「あれぇ、本田先生。生徒にえこ贔屓ですかぁ? ちょっとそれは問題ですねー」
突然現れた本田先生に驚き、振り向いたまま固まる私の後頭部に、中村さんのにやりとした声が届く。
「それは中村さんが口外しなければ済むことだよ。売り上げ貢献するから、極秘でお願い」
財布から取り出した青文字の紙幣を、相変わらず綺麗な人差し指と中指で挟み、その腕は私を回り込んで中村さんに向かって伸びて行った。
薄い青のストライプのシャツを纏った腕が伸びていく瞬間、
今までほとんど意識したことのなかった優しい香りに、……軽く心臓が掴まれた。
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