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『幸せ』だと口にしてくれる彼の声の余韻は、いつも淋しさに打ちひしがれそうになる私を救ってくれた。
そうやって二人で耐えた長い時間も、……あと少しで終わりを迎える。
「今日も一日お疲れ様でした」
教務主任の号令に合わせて、「お疲れ様でした」の声が重なる職員室は、一斉に開放感に蠢き出す。
……あと、少し……
焦り出そうとする気持ちを精一杯に抑え込み、戸締りの為に背後にある窓へと振り返る。
まだ昼間だと言える明るい空は、いつもよりも一段と清々しく見え、“長い時間お疲れ様”とでも言ってくれているような気がするのは、……今日の日を待ち侘びていた私の心が、余りにも浮かれているからだ。
浮つく心を引き締めるように、ざっとカーテンを引いた。
「お先に失礼します」
「あ、おつかれさまです」
私に声を掛けてくれた山梨先生に会釈をして、その背中を見送りながら自分の席へと手を伸ばす。
カーテンが引かれ、ようやく蛍光灯の明かりがあることに気付く室内で、……ささやかな煌きを込めるガラス球を、ちゃり、と鳴らし、それを提げる携帯を手に取った。
どくどくと鼓動の逸りを喉の奥に感じながら、メールの送信ボタンを押す。
……あと少し……
小さく息を吐き出しながら心を落ち着かせ、ぱち、と音を立てて携帯を閉じると、それをガラス球ごと握り締めながら、机の上の鞄を持ち上げた。
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