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思い出し笑いならぬ、思い出し照れをしてしまった私は、こちらに綺麗な瞳が向けられる前に先生から視線を外し、あと少しだけ残っていた薄味のレモンサワーを飲み干した。
今まで頑なに守り続けていた男性との距離感。
私を縛るものがない今、初めて築かれる関係に……少々戸惑っている。
1対1だから、なおさら。
……しかも、先生だし。
あ、だから、人目に付かないような、こういう隠れ家的なお店に連れて来てくれたのかな。
先生はきっと、こんな風に女性を誘うことも、扱いも、慣れているんだろう。
微かに過ぎる失望感は、いまだに持っている本田先生のイメージの破壊の所為。
そして、……今日の誘いを嬉しく思っていた故の落胆は、“私だったから”……という自惚れがあったからだと思う。
こと、と空のグラスを置くと、
「何、飲む?」
先生はすかさず、テーブルの上にあった二つ折りの紺の布地で出来た小さなお品書きを差し出してくれた。
「あ、ありがとうございます……」
やっぱり、先生は……慣れてる。
独特の手書きの文字で書かれたお品書きを開き、わずかな失望に再び自棄を起こそうとする視線は、自然とアルコールの文字を追う。
だ、駄目だ。
……あのときのように歩けなくなったら本当に困る。
「う、烏龍茶を……」
「了解」
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