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『深くを追求するつもりはない』と言った本田先生は、その言葉どおり、それ以上は私の心に触れて来なかった。
我儘に温もりを求め、勝手に話をしたのは私の方で……
先生が触れて来ないのは、それが先生なりの思いやりだと思ったから、……私もそれ以上話をしなかった。
「また……電話、してもいい?」
マンションの前に到着するまで、穏やかな沈黙を守っていた先生は、車を停めると柔らかな声でささやかな希望を申し出てきた。
「もし、迷惑じゃなかったらだけど」
「そんなこと……」
車が停められたのは街灯の近くではなかったのに、意外に車内の暗がりでも目が効いたのは、もうすぐ目一杯に満ちようかとする月の明かりのお陰だと気づく。
「君が持ってるおれのイメージがどういうものなのか分からないけど、……本当に初めてなんだよ、こういうの」
「……」
シートベルトに掛けた手を止め、静かに声を出す先生を見上げた。
右腕をハンドルの上部に掛け、こちらを向いた先生の、走行中よりもずっとはっきり見える綺麗な瞳に、……また、胸の奥がざわつく。
「すみません……変に、先生のこと……」
「いや、違うんだ。……その、緊張、してたんだ……実は」
凄く大人で、穏やかな紳士で……そんな素振りなんて全然見せなかった先生は、
外した視線を泳がせ、ハンドルに乗せた腕から伸びる綺麗な指の背で隠した口許に、今日初めての羞恥を見た。
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