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「気の利いたことなんて、出来なかった気がして……」
「そんなことないです。……先生は誰にでも優しくて、だから、こういう事も慣れてるんだと思ってましたから。
でも、……理想どおりの先生で、よかったです」
「理想?」
「かたーいイメージです」
「そんなに固かった?」
というより、逆に柔らか過ぎる雰囲気だったなと心で呟き、ふふ、と小さく笑うと、先生は泳いでいた視線を私に留め眉を下げた。
「冗談です。……理想どおりの、気配りが上手で素敵な紳士でした」
「……」
先入観や主観的な見方をせずに、一度目を閉じてからちゃんとその綺麗な瞳を見れば、先生の言葉のどれもが心からのものだと思える。
優しい気遣いも、見せてくれる笑顔も、私の少ない経験値からでも全部本物なんだと、感じられる。
「あの……」
「ん?」
余りに短絡的なものなのかもしれないけど、その考えに触発される感情で、月明かりに照らされ微かに揺れる瞳に向かい、自惚れた質問をする。
「先生は、……私にだけ……声を掛けてくれたんだと、思っててもいいんですか?」
しっかりと見つめる先の瞳の揺れが止まったかと思うと、
少し間を置いてから、掛かっていた前髪をくしゃりと掻き上げたそこで、綺麗な瞳は柔らかく細められた。
「……うん、もちろん。実際そうだし」
捻くれた気持ちに囚われずに、今感じたまま素直になってみるのもいいかもしれない。
「電話……」
「うん?」
「……待ってます」
「……」
そう思わせられたのは、多分……先生への期待が肥大している所為だ。
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