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あれが、本田先生だったかどうかなんて……本当に確証がない。
考えれば考えるほど、曖昧な記憶は風化して、……生まれた疑心は、誠意ある瞳を見せてくれた先生に対して、ありえないほどの罪悪感を掻き立てるだけだった。
『……君だったから、声を掛けたんだ……』
しっかりと私に向けられた言葉が頭を巡り、曖昧な記憶をより一層薄れさせた。
帰宅してからシャワーを浴びた後に、携帯の着信ランプが光っていることに気づいた。
青いランプの点滅はメール受信の知らせ。
相手は、……本田先生だった。
携帯を開き表示された名前に、わずかに躊躇いを覚えたのは、
はっきりしない確証と、湧き出そうとする疑心の所為だった。
だけど、それはすぐに払拭される。
時間が時間だっただけに、まず『電話、いい?』という気遣いをくれた先生らしさと、
『……声、聞きたくなって……』
折り返し掛けた電話の向こうから聴こえた先生の穏やかな声は、私の疑心を宥めてくれた。
その第一声こそ、少しだけ淋しそうな声だったけれども、交わした他愛のない会話の中でも、本当に私の声を聴けて嬉しく思ってくれているんだと、伝わってきたし、
……やっぱり、どう考えても、先生の言葉に偽りは感じられなかった。
先生の優しく穏やかな声を聴かされていると、信憑性のない疑いは酷く恥ずかしいものに思えた。
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