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先生に偽りを見出せず、疑いも消えるのであれば、……あとに残ったのは、些細な気掛かりだ。
「昨日……」
「うん?」
「大丈夫でした? ……先生、なんだか……」
「あー、……ん。本当にごめんね、あんな時間に……」
気になっていたのは、昨夜先生の声に垣間見た、淋しさだ。
この間の居酒屋とは違ったお座敷は、い草の青い香りの満ちる和食屋の個室。
お品書きを出されなかったことから、先生が前もって予約をしてくれていて……決して、安くはない値段がするところに連れてきてくれたんだと推測出来る。
「……なんだろうね、秋の夜長って。無意味に感傷を煽ってくる」
箸を止め、ふふ、と軽く笑う先生は正面の私を見据えたまま、いつものように柔らかく目を細める。
「昨日は講義の枠、取ってなかったでしょ? しかも、友達とご飯行くって言ってたから。……顔見れないし、電話は無理だしで……」
「……」
「今日は駄目なんだなって、思えば思うほど居た堪れなくなって……迷惑承知でメールした」
やっぱり、……先生の言葉は心からのものだ。
はにかむ先生の照れを誤魔化すように外された視線に、微かに淋しさが過ぎる。
もっと、私にその綺麗な瞳を見せていて欲しいと、……思った。
たまに見せられる、憂いを孕んだ瞳。
昨日の、少し淋しそうに出された声。
私は先生に、心の内に触れて欲しいと思ったけれど……
だからと言って、私が先生の持ってる憂いの理由を見せてほしいと思うのは、余りに図々しすぎるだろうか。
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