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それはただの思い付き。素朴な疑問と言う域を出ない戯れ言だった。
何も解っていない子供と言えばそれまでかも知れないが、だからこそ桜雪の言葉は真っ直ぐで、奨悟の心の柔らかい部分を震わせた。
――奨悟さんが、何も持っていなかった方が…良かった――
幼い頃から、当たり前に背負わされた重責を否定し、奨悟に向かって迷う事なく「いらない」と言える人間は、この世に何人居るだろう。
唯一と信じて来た存在価値だと言うのに、その一言だけで気が軽くなるなど…我ながら現金なものだ。
克彦も楓子も、顔も名前も知らない社員すらも…奨悟が鷹司グループを引き継ぐものだからこそ、必要としている身だと言うのに。
エチュードを奏でる樹里の演奏を聞きながら、奨悟は視線だけを動かして克彦を見やる。
満足気な顔で聞き入っている克彦は、奨悟の視線には気付かない。
三曲目の演奏が終わり、物悲しいショパンの旋律が会場を包み込む。
予定ではこの後にワーグナーの曲が演奏され、アンコールがあればもう一曲と言った流れだ。
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