回想タクシー

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深夜、男がとぼとぼと歩いていた。汚れた靴に乱れたネクタイ、皺々のスーツ。 息は酒臭く、足取りも危うい。そこに車の急ブレーキが響く。 目の前にタクシーが止まっていた。 歩くのも疲れたので男は車に乗り込む。車はすぐに出発した。 「こちらは回想タクシーです」 行き先を告げようとすると運転手がにこやかに言った。 「今までの人生でもう一度行きたい所はありませんか?」 男はしばらく考え、それから5年前のある日付を告げた。 その日男は幼稚園に入ったばかりの娘を連れて公園に来ていた。 滑り台で遊ばせていると仕事の電話が入り帰らなければならなくなった。 来たばかりなのにと嫌がる娘。仕事のストレスもあり男は 「じゃあ勝手にしろ!お父さんは帰るからな!」と置いていってしまう。 娘はそのまま帰らなかった。警察は不審者の犯行と決めた。 男はなぜあの時おいて帰ってしまったのかとずっと後悔していた。 パパなんか大嫌いと叫んだ娘の声が今も耳に残っている。 精神的に不安定になり仕事もうまくいかず、妻とも離婚した。 不幸の発端であるあの日に戻ってやり直したかった。 景色が変わる。公園の入り口で娘が泣いていた。 男はタクシーから降りようとするが、ドアロックがかかっていて降りられない。 仕方なく窓を開けて娘の名を呼ぶ。娘は走り寄ってきて涙目で手を伸ばした。 「パパ、ごめんなさい。嫌いなんて嘘だよ。大好き」 「パパこそ悪かった。もう置いていかないよ。一緒に帰ろう」
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