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その時、ケータイが音を立てて震えた。
着信元を確認するや否や、速やかに電源を落とす。
心臓が、バクバクと音を立てて暴れる。
嫌だ、今はあいつの声を聴きたくない。
しかしその直後、今度は仕事用のケータイが震えだした。
1コール、2コール、3コール、4コール、5コール…………
着信主の名前を凝視する俺の額に脂汗が吹き出る。
「あれ? 森田さん出ないんですか?」
少し離れた席から同僚が顔を覗かせたため、俺は観念して受話器ボタンを押した。
「もしも――」
「――遅え。クソでもしてたのか?」
間髪入れないその一言に、俺は反射的に電話を切った。
そして何も見なかったことにして、ケータイをスーツの胸ポケットにしまう。
きっとこれは何かの間違いだ。嫌、間違いであってほしい。
しかし、相手は手強い。こんなことで怯む様なヤツではなかった。
今度は社の固定電話上の従業員用回線が鳴り響いた。
「森田さーん、二階堂さんからお電話でーす」
あまりのしつこさに、俺はそっと舌打ちをした。
怪訝そうにこちらを窺う同僚。
保留のまま点滅し続ける電話。
どうする?出るか? 居留守を使うか?
脳裏には、不敵な笑みを浮かべた二階堂が浮かんだ。
観念して受話器をとると――
「今夜お前んち飲みに行くから。よろしく~」
間延びした二階堂の物言いに、受話器を握る手が思わず震える。
「――うっさい馬鹿!! 私用で会社に掛けてくんな!!!!」
会社の回線何だと思ってやがる!!
――だから嫌だったのだ。アイツの電話に出るのは。
何かまだ話していた気もするが、そんなことは関係ない。
ガチャンと音を立てて乱暴に受話器を置くと、同僚が恐る恐るこちらの様子を窺ってきた。
周囲の目も気にしないまま、大げさに悪態をつく。
平和な昼下がりに水を差された俺は、どうやって二階堂の魔の手から逃れようか、そのことで頭がいっぱいになっていた。
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