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二階堂につかまった私は、観念して公園のベンチに座った。
ベンチの感触がデニム越しに伝わって、冷やりとした。
ん、と言って差し出されたコーヒーは、近所のコンビニで買ってきたものだろうか。
淹れ立ての香ばしい香りが鼻をくすぐった。
先ほど飲んだばかりだからとは流石に言いにくく、両手で有難く頂戴する。
「…………ありがと」
微妙な距離を保ったままコーヒーをすすると、ミルクの香りがふわりと口の中に広がった。
私がブラックを飲めないことは知らないはずなのに、好みの甘さのカフェオレを前に、思わず目を見開いた。
「女子ってどんなのが好きかわかんねぇからさ。とりあえず砂糖とミルク多めにしといた」
両足を組んではにかむ二階堂の表情はどこまでも純粋に見えて、まるでお母さんにサプライズでコーヒーを淹れた子どものようだった。
「…………美味しい」
若干ぬるくはなっているけど、それでも冷えた身体にじわりと沁みた。
右手はコートのポケットに入れたまま、二階堂は左手で持つコーヒーを啜った。
鼻筋の通った横顔に、控えめについた薄い唇。
長い睫がめがねに隠れてそっと揺れる。
組まれた両足は、すらりと伸びて品のいい革靴を際立たせていた。
時計、めがね、革靴、コート、スーツ、ネクタイ……。
今まで意識してこなかったけれど、改めて見ると、全て質のいいものを身に着けているような印象だ。
(黙っていればいい男なのに……)
そこまで考えた後で、私はそっと頭を振った。
違う、私が考えるべきなのはそんなことじゃない。
手の中に握られたカップに視線を落とす。
緩みそうになった思考を奮い立たせると、二階堂と同じように足を組んだ。
――この男が、何故この場所にいるのか。
そのことを問いただすために。
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