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「冗談を言うのもいい加減にして」
かろうじて出た言葉はそれだった。
「どうせまたからかってるんでしょ? 私の反応を見て面白がってるに違いないわ」
初対面でキスをされたとき。
居酒屋で先輩の目の前で彼氏宣言をした時。
二階堂はいつもへらへらする一方で、どこか観察するような眼で人を見ていた。
「ひっでぇ言われよう」
そう言ってケラケラと笑うこの男の表情からは、やはり本心が読み取れない。
「そんなにおかしい?」
「だって俺、バカみてぇじゃん?」
「みたい、じゃなくてバカなんでしょ」
「言うねぇ。傷ついちゃうなぁ」
「だって信用できない」
「お? ならどうやったら信じてくれんの?」
またキスでもしようか? と、こちらを覗き込んでくる二階堂の顔をそっと両手で押しのけた。
手に触れた眼鏡のフレームは冷たく、レンズに指紋をつけてしまわなかったか危惧したけれど、そんなのすぐにどうでもよくなった。
視線が絡み合ったまま、暫しの沈黙が二人の間に流れる。
「あのねぇ、私は今から仕事があるの。悪いけど付き合ってられないわ」
立ち上がろうとすると、今度は強い力で腕をつかまれた。
自然に、二階堂が上目遣いでこちらを見上げる姿勢になる。
濡れた瞳に、気を抜くと吸い込まれそうになるところを、寸でのところでこらえた。
「なぁ。どうやったら信じる?」
低くかすれた声で、二階堂は言葉を紡いだ。
こちらの心を見透かすような、そんな眼をして、私を強く引き寄せる。
私の髪が、こちらを覗き込む二階堂の頬に触れると、彼はくすぐったそうに目を細めて笑った。
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