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不覚にも跳ねた心臓を、私は全力で無視した。
「あなたの目的は何? いったい何故私に付きまとうの?」
きつく睨みつけるも虚しく、二階堂は全く動じてはくれない。
それどころか、幾分嬉しそうにも見える。
「それそれ。そういう人をわざと遠ざけようとする目。ゾクゾクする」
よっこいしょ、と言って立ち上がった二階堂は、いともあっさり私を見下ろした。
自然と二階堂の陰に入り、長い前髪の間から覗かれた双眸に、私は思わず言葉を噤んだ。
「アイツはやめとけ」
いつになく真剣に、二階堂は言う。
有無を言わさない、そんな気迫を込めて。
「人を遠ざけて何になる? 落ち込んだところにアイツが現れて、たまたま優しくされた。ただそれだけの話だろう? 会社はつまらない。心開ける友達もいない。そんな時昔好意を寄せてくれていた男と再会を果たした。それはそれはドラマチックだ。感涙するよ。本当のドラマならな。でも現実は違う。アイツはお人好しだが、それは全て自分が傷つきたくないがためのエゴだ。レナちゃんを思って優しくしているわけじゃない。アイツは君を想って行動できるような男じゃねぇから」
つらつらと御託を並べる目の前の男に対し、私の手は憤りに震えた。
「そういう人間が最後どうなるかを、俺は痛いほど知って……」
「あんたに……何がわかるっていうのよ? 私のことも。先輩のことも。何にも知らないくせに……!!」
全てを聴いてはいられなかった。
心の底から虫酸が走る。
視界が……グラリと揺らぐ。
こいつが何を知り、どこまで調べ上げたのか、そんなことはもうどうでも良くなっていた。
自分のことを知った風に言われたことよりも、先輩のことを悪く言われたことが、ただただ許せなかった。
「知ってるさ」
まるで無知な子どもをあざけ嗤うかのように、二階堂は鼻を鳴らした。
革靴が、乾いた音を立てて落ち葉を散らす。
鼻先が触れるか触れないかの距離で、二階堂は小首を傾げうと、にっこりと微笑んでこう言い放った。
「少なくとも、今のレナちゃんよりは、ずっと……ね」
全てを見透かさんとするこの男に対し、脳内ではけたたましく警鐘が鳴り響いていた。
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