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とはいえ、素通りするのもな。もしかしたら鍵が開いていて、誰かが中に入って鍵を掛け、閉じこもっているのかもしれない。
可能性がないわけじゃないし、呼びかけてみよう。誰かいれば反応するかもしれない。
「おい、誰かいるか」
返ってきたのは静寂だった。物音一つ聞こえない。どうやらここには誰もいないようだ。
「みつけた」
理科室から離れようとした時、そんな声を聞いた。俺は辺りを見回す。だが誰もいない。空耳? 気のせいか?
薄気味悪い夜の校舎と、訳の分からない状況のせいで気を張りすぎているんだろう。
そう考えて踵を返そうとした時、足になにかが触れた。
廊下には何も躓くようなものはなかった。いや、これは足にものが当たっているんじゃない。
確実に、掴まれている。
血の気が引いた。信じたくなかった。だけど見ないわけにもいかず、ゆっくりと視線を足首に向ける。
「う……!?」
言葉に詰まる。いや、出したいはずの声が出せなかった。口から出せたのは、言葉になりかけた荒い呼吸だけだった。
あり得ない。目がどうかしてしまったのか。これは……手だ。手首から上しかない物体が、がっちりと俺の足首を掴んでいる。
「はっ、はっ、う、あああっ!!」
俺はやっと、言葉に出来たものを叫んだ。そして足を壁に叩きつけたり、もう片方の足でそのおぞましい物を蹴ったりしながら、無理矢理剥がそうと奮闘する。
その手は俺の猛攻が堪えたのか、力が緩んで足から剥がれると、ぼとりと手の甲から廊下に落ちた。
叩いた虫が転がるようだった。しかし、それは小粒ほどの虫ではない。成人男性ほどの手だ。紛れもない人の手だ。
心臓が胸を叩き続ける。現実に動いていいものじゃない。目の前にありながら、目の前の物体を信じられない。
途端に静止していた指が蠢く。翻って蜘蛛のように床を這っていき、指頭を床に打つ音だけを残してそのまま闇の中へと消えてしまった。
余韻を残しながらも、静けさが帰ってきた。急に冷えた空気が、温まってしまった恐怖の熱を余計に感じさせる。
「な、な、なん……? あんな、あんなもの、あり得ない。あり得ない!」
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