異界

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 声が震える。上手く喋れない。  呼吸も不安定で落ち着かない。心音が鳴る度に体が震えて、もう掴まれていない右足首を何度も摩った。壁を背に、足元ばかりを気にかける。  懐中電灯で手前を照らした。執拗なほど周囲を確認して、壁沿いに摺り足で前進する。  なんだったんだあれは? あれがおいかみ? 幽霊ってのはああいうのを言うのか? 手だけで動くのか? ああ、おぞましい!  いや、落ち着け筒井正人。慌てたら駄目だ。冷静になれ。慌てるとなにも出来なくなる。怖くていいから、考えることだけは止めるな。  ……手だけのなにかは、俺の足首を掴んだだけだ。手のひら一つでなにが出来る? ただの手だ。蹴飛ばしたり、壁に当てた感触はあった。あれは対処出来るものだ。平気だ、落ち着いて、平常心を忘れるな。パニックになることが一番危ないことだ。  まずはみんなを捜せ。静かにだ。慎重に、平静を保て。自分を鼓舞するんだ。  そういえば、あの手が出てくる前に、みつけた、と言われた。つまりなにかが俺たちを捜している。下手に声を上げれば、また見つかるかもしれない。  音が鳴るにせよ、鍵を開ける方が大声を上げるより静かでいいだろう。閉められた教室の中を安全に確かめるために、やはり鍵が必要だ。  だから俺が今やるべきことは、みんなを捜しつつ、職員室にある鍵を取りに行くことだ。  動悸が止まない。落ち着け。呼吸を整えろ。落ち着いて今を分析しろ。  煌明高校は、若干の差異はあれども凹の字と同じ構造だ。俺は三階の自分の教室で目を覚ましたが、その時は西側にいた。  その後、皆を捜すため移動して、二階へ下りた。そうして二階を探索していると、東側に移動していき、理科室の前で変な手に遭遇した。今はこういう状況だ。  職員室は一階だが、西側だ。このまま一階に下りたら、西側に移動しなければいけない。下りたら移動、下りたら西に移動だ。今はそれだけ考えろ。それだけだ。  未だに悪寒が止まないが、俺は恐る恐る階段を下りる。足下を照らしながら、一段一段慎重に下りていくと、何事もなく一階が見えた。  階段を下りただけで、溜め息が出る。何もなくて良かったとすら思える。ただ下りただけなのに。  階段の正面に放送室、その隣は保健室がある。放送室はともかく、保健室には入れるだろうか?  一階に下りて、すぐ保健室の前に立つ。戸に手をかけて軽く力を入れると、戸は簡単に開いた。  生唾を飲み下し、少しだけ開いた戸の隙間から中を覗いた。やはり薄暗いため、中はよく見えない。懐中電灯を握り締めながら、中を照らしてみる。
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