異界

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 光と密着する形になったが、今は恥ずかしいとか失礼だとかは悩んでいられない。今の俺にあるのは、得体の知れないものに対する恐怖だった。  俺が人差し指を口に当て、静かにするよう合図をすると、光は何度か頷いた。  引き摺るような音が、徐々に近付いてくる。音の主は俺達に気付いている。  これは一体、何の音だ? 擦るような音だが……。布を擦る音にしては、音に圧迫感がある。例えば、狭いところを無理矢理通ろうとして体を擦るような、そんな音に近い。  壁に腕や肩を擦りながら歩く奴がいるのか? だとすると、この音の主はかなり大きい。  考えている間に、音が止む。保健室の前た。カーテンの向こうになにかがいる。  戸が動く音がした。俺は半分程しか開けていなかったから、それが開いたのか、閉じたのか。どっちだ?   音に反応して光の体が僅かに跳ねる。俺は光の口に手を当て、声が漏れないようにした。俺自身、髪の毛の先から足の爪先まで神経を張り詰めて、見えない何かに対して集中する。  鼻を刺す異臭が立ち込めた。ものが腐ったような、独特の臭いだ。  戸は閉まってない。開いたのだ。奴は出入口からこちらを見ている。  突然、総毛立った。臭いに反応したんじゃない。見えたわけでもない。  ただ、感じた。その存在が自分に迫ったと理解した途端、息苦しくなり、皮膚が体から逃げ出さん勢いで(あわ)立った。  額から嫌な汗が流れる。汗が流れるのに、体には熱気はない。寒気だけが体を震わせようと全身を駆け巡っている。  初めての気分だった。驚かされた時、事故に遭いそうな時、危険に遭遇した時、その全てと決定的に|が違う。  見えない相手に、まるで心臓を掴まれているかのような感覚に陥っていた。なにがいるかも分からないのに、既に心が屈服してしまっている。骨も身も、魂さえも竦んでいる。  脳が凍ったかのようだ。いや、体が凍ったのだろうか。どちらが動いてどちらが止まっているのか分からない。俺は今、意識があるのか? まだ現実にいるのか?  側にいるなにかの存在だけが感じられる。自分という存在は、すっかり呑まれてしまった。  これは、この感情は恐怖と呼べない。これはもっと上だ。恐ろしいとかそういう次元じゃないものだ。  人の感覚器では到底受け止めきれない。  ああ、そうだ。これが──畏怖というのだろう。
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