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これは、こんな、これをもし、もしも目にしてしまったのなら。俺はきっと正気でいられない。見てはいけない。
その姿を脳に刻んでしまえば、もう二度とまともでいられなくなるだろう。
予感ではない。これは確信だ。
永劫に思える時間が過ぎていく。何分、何時間、何日、何年経ったのか。やがて、擦る音が再び聞こえた。それは徐々に遠ざかり、やがて薄れていく。完全に音が無くなってもなお、俺は身動きが取れなかった。
呼吸すら無意識に止めていたようで、溜め込んだ息が吐かれた時、ようやく我に返った。
息を吸う度、徐々に体が熱を帯びてくる。体を濡らした冷や汗が余計に冷たく感じた。
あの音の主に見つからず、俺達は助かった。安堵の溜め息を吐いたところで、俺と光は目が合う。
光も顔は蒼白だったが、少しずつ赤みを帯びてきた。落ち着いてきたのを契機に、頬は強く紅潮していく。そこで俺は、ようやく自分が光と密着したままであることに気付いた。
慌ててベッドから離れると、さっきまでの寒気が一気に熱気へと変わってしまった。
「す、すまん。突然だったもんだから、つい強引に」
「い、いいよ、仕方ないよあれは! でも幸ちゃん達には内緒だよ?」
「ああ、分かった。すまん、本当に……」
緊迫した雰囲気が壊れる。少しでも和やかな話が出来て、頭に浮かんでいた恐怖が薄まってくれた。
俺は深呼吸をして、体を落ち着かせる。まだ少し体に違和感が残るが、幾分かは平常に近付き、気分が落ち着いてきたのを感じた。
光がベッドから起き上がる。そしてベッドから降りて、それを挟んで俺と向かい合った。
「あれ、なんだと思う?」
「わからん。ただ、間違いなく人じゃない」
お互いに、思考を纏める時間が出来たようだ。ある程度冷静さを取り戻した俺達は、行動を開始する。
カーテンを開けると、保健室の戸が完全に開いていた。やはり、そこにいた何かはこの部屋を覗いていたらしい。
残っているのは、腐ったような臭いだけだ。ここには一体、なにがいたのだろう。
そう考えたが、俺は深く考えることを止めた。 考えるほど沼にハマるだけだ。得体の知れないものは、総じて想像を超えるものだ。
ここにいたものは、考えたところで絶対に理解できない。想像すら不可能だ。
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