異界

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 俺が先行して、保健室の外を覗く。薄暗い廊下の奥は見えないが、手前は見える。注意深く周囲を確認するが、何もいないようだ。  懐中電灯を点灯し、光と一緒に職員室へと向かう。二人の足音だけが廊下を鳴らす。なるべく音を立てないよう、抜き足差し足で歩いてはいるが、完全に足音を消すことは不可能だった。  途中、中央の靴箱前を通る。いつも見る光景だ。特に変わった様子はない。しかし、暗いせいか不気味ではある。 「ねえ、正人君。さっきの話をしていいかな」 「さっき? 何か話していた途中だったか?」 「あの擦るような音のこと」  一瞬の間を空けてしまった。その話は出来ればしたくない。だが、しなければいけない話であるのは分かっている。嫌だと思うのは、俺自身のわがままだ。 「どんな話だ?」 「あの音の主は、きっとおいかみだと思うの」 「なぜそう思う?」 「私、幽霊を見たことはないけど、見たらきっと怖いとは思うよね? 私はおいかみを怖いと思わなかった。思えなかった。思っているのかすら、自分で分からなくなってたの。感覚と思考が麻痺するって、ああいうのを言うのかな? 私たち、姿も見てないんだよ? ただ側にいるだけで、そんな状態になるなんて異常だよ。だから、保健室に現れたあれをおいかみ――神という存在だと思うの」  俺はそこまで言葉に出来なかったが、その通りだ。常軌を逸したものであるのは間違いない。 「確かに、普通じゃなかった。あれに出会った時点で終わりだと思ったよ。雰囲気に当てられただけで、頭がどうにかしそうだった。正気でいられたのが不思議なくらいだ。成る程、ああいうものなんだろうな。あれが、神ってやつか」 「それで、改めておいかみについて考えてたんだけど」 「すごいな、光。よくそんなに考えられるものだ。俺は現状を理解するのも一苦労なのに」
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