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「こっちの窓から行かないの?」
彼女は椅子を引いて立ち上がった。静寂にヒビを入れるように、椅子の足と木目の床からギィという音が鳴った。反射的に眉間にしわが寄る。
立ち上がった彼女は、黒板側にある大窓へ近付いていき、鍵を開けて目一杯に開いた。ほんのわずかだけれど、教室の中が明るくなった。
「こっちから行ったほうが近いよ」
彼女の言うとおりなのだけれど、僕は、窓から行ったら先生に怒られるのではないかと思っていた。休み時間になったとき、下履きで外に出ようとする男の子をよく怒っていたからだ。
「おこられるの、いやだから」
空気と混ざり合って、すぐに溶けてしまいそうな、あどけない言葉を彼女に投げかけた。
「先生、こわいんだ」
「うん」
女の先生だけれど、怒ったときのつり上がった目と、頭の中をかき乱すようなキンキン声が僕は苦手だった。
「でも、今は先生いないよ」
「うん」
「おこられないよ」
甘い毒林檎を食べさせようとする老婆のようだと思った。この時から、彼女は言葉巧みで、それはきっと、彼女の生まれ持つ先天的な性質だった。
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