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……そう。ほんの一瞬だった。
いつもの部屋。いつものベランダ。そこで、降りしきる粉雪を見つめながら、心を踊らせていたはずなのに。
「いつまで起きているつもりだ」と、そう父に小言を言われていたはずなのに。
やれやれと、屋内に入ろうとしたその瞬間に、創を支えていた床が、突如として霧散した。
そして、落ちた。
意味も分からぬまま大地に身を打ち付けた。それだけでも驚愕であるのに、創は見てしまったのだ。
折り重なる人の群れを、そこに散乱する家具の数々を──捉えた視界に、創の思考は完全に停止した。自室がマンションの二階部と低かったから助かったことも、ベランダにいたから押し潰されずにすんだことも、何一つ考えられなかった。
稼働するのは、振戦する双眼のみだった。
「創……」
再び、父が呻く。誰かも分からない人間の背に埋もれながら、彼は苦しそうに創を見やる。
だが、その声は届かない。届かぬまま、父の体から血液が染み出していくのだけが見えた。路上を包む冬のヴェールを、じゅわりじゅわりとその赤が浸食していく。
「どうして……?」
外に放り出されてから、長い長い沈黙の後で、ようやく漏れた創の声は、制止した世界に微かな波紋を広げただけだった。
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