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 また冬がめぐり──八年がたった。  身を切るような師走の風が吹く午前十一時。私立桜ヶ丘高等学校の一室には、異様な空気が充満していた。  今年で創立百周年を迎えるこの桜ヶ丘高等学校は、この年に合わせて作られた真新しい校舎と、古くから所有する広大な土地面積とが相まって、高等学校らしからぬ豪奢な相貌を有している。  在校生全員分をゆうに超える戸数を備えた学生寮。芝と土の二種類のグラウンドに、大中小の各種体育館。小劇場、ライブハウス。果ては、様々なテナントが出入りを繰り返すショッピングエリア等々。桜ヶ丘高等学校の敷地内は、それだけで一つの都市と言って遜色が無い。  他に類を見ないほどの施設を抱えるこの学校は、その学費もやはりただ事ではなく、通学が叶うのは専ら裕福な家庭に育っている人間ばかりだった。例外はごく一部、スポーツ特待生などの選ばれた生徒たちくらいか。  今、その豪奢な校舎の一角、ある教室の片隅で、教鞭を振るう教師に意見をぶつけている一人の男子生徒も、そんな選ばれた生徒の一人だった。 「だから、先生の言っていることは事実ではないと言っているんです」  教室内の生徒たちは皆、教師に言葉をぶつける彼を、息を呑んで見つめていた。周りが着席している中、一人だけ起立して教師と対峙する、青黒い──紺碧の髪をした生徒を。 「馬鹿なことを。君は何を根拠にそんなことを言うのかね? これは周知の、公然の事実なんだよ?」 「根拠など簡単です。僕がその現場に居合わせた一人だからです。あれは、瑠璃島の崩壊は、地震なんかじゃなかった!」  男子生徒は頑として主張を曲げなかった。  瑠璃島の崩壊──一般的に瑠璃島大震災と呼ばれる近年最大の自然災害は、その名の通り、瑠璃島という人工の島一つを壊滅に追いやった。死者数4282人、島の人口の実に三割にも及ぶ大災害。  八年前に起きたこの出来事は、忘れるにはあまりにも衝撃的で、当時小学生であった現在の高校生ならば、誰しもが記憶しているに違いない事柄だった。  それを、起立した紺碧の特待生は、根底から否定しているのである。 「あれは、そんな現象じゃない!」  地震などではないと、透き通った褐色の虹彩を煌めかせながら、紺碧の髪の少年──十八歳になった四月一日創(わたぬきはじめ)は、白髪混じりの社会科教諭を指差した。
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