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「まったく。被災者だからといって、出鱈目を言うものではないよ」  教壇に立つ初老の男は、理解できないといったふうに、辟易と顔をしかめた。 「出鱈目なんかじゃない! 僕はこの目で見たんだ!」 「いい加減にしたまえ! これ以上授業の妨害をするなら、出て行きなさい!」 「……っ、そうかよ!」  荒々と怒鳴り、教師に背を向ける。 「じゃあ、お言葉に従います。出席、取り消さないで下さいよ」  憮然と教室を横切り、創は廊下へと飛び出した。      × × ×  教室から遠ざかり、ポケットに手を突っ込みながら、どこで暇を潰そうかと歩き出したところで、創はしまったと顔を歪めた。 (財布、鞄の中か)  桜ヶ丘がいかに快適な学校といえど、無償での施しは殆どない。加えて、施設利用に欠かせない学生証も財布の中に入れたままだった。  これではどこにも行けやしない。  だからと言って、このままおめおめと教室に戻るのも馬鹿馬鹿しい。あの板書を見るだけで、創は無性に腹が立った。 「何が大震災だ」  鋭く、先の教師を非難する。同時に、そうだと信じ込む世界を。  自分自身の記憶と、世間の認識とのズレに気がついたのは、あの夜から間もなくしてのことだった。保護された創を取り巻いていた人々が、口々に地震地震と騒ぎ立てていたのだ。大地が震え、島の施設のことごとくが倒壊したのだと。  創には、その語りが不思議で堪らなかった。自分が見たものは、そんな現実的な映像ではなかった。もっと奇異で、意味不明の現象だった。  あの日……、八年前の初雪の夜。事切れた父を認めて、創はようやく歩く決心をした。助けを呼ぼうと、やっとこさそこに思考が及んで、歩いた。誰でもいい、無事な人、誰か──と。  そこで、改めて創は驚愕を噛みしめた。  無いのだ。  街並みが、家々が。あったはずの物体が名残一つ残さず消失している。かわりとばかりにそこに散らばるのは、タンスや冷蔵庫、ベッドや机の数々。施設の内容物ばかりだった。  マンションやビルなどの高層建造物が建っていたところは、共通してどこも酷く、死屍累々の様をその状況でもって語り尽くしていた。家具と人が層状に折り重なり、そこら中からオイルを吹き流すSF映画の巨大な機械のように、だらだらと赤黒いラインを垂れる歪な物体を作り上げていた。
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