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「ゆかり……」
記憶を手繰るうち、つい名を呼んでしまう。
陽ノ原ゆかりとは、あの夜以来会っていない。
はぐれたのだ。保護された先で、彼女は何処かに消えた。
病院に搬送されたのか、創とは別の保護施設に入れられたのかは定かではないが、創が目を覚ましたときには、隣で眠っていたはずの彼女は、既にいなかった。
「今、どうしてるんだろ?」
呟く。
と、
「ゆかりって誰?」
いきなり切り返された。
驚いて振り返れば、そこには茶色い髪をワンレンに流した女の子が立っていた。
毛先の丸みが可愛らしいワンレングスボブ。
それが不思議そうに小首を傾げたりしている。
「昔に振られた彼女とか? あるいは一夜限りのアバンチュールを共にした行きずりの女? それともそれとも──」
「や、やめろよ、まな!」
九重愛華(ここのえまなか)の略である。
同じクラスのクラスメイト。容姿端麗、スポーツ万能、創とは違い、高額な学費を支払いながら桜ヶ丘に通う正真正銘のお嬢様だ。
左手首に付けた白銀のブレスレットも高価そうで、桜ヶ丘のイメージを具現化したような女性である。
「だって気になるじゃん。授業飛び出してどこほっつき歩いているかと思って探してみたら、自販機の前で深刻そうに『ゆかり、今どうしてるだろ?』とか黄昏ちゃってさ。……やっぱ昔の女? 生き別れのフィアンセとか? あ、もしかして禁断の愛? 横恋慕? 略奪とか? いやあ、創くんも隅に置けないなー! このっこの~」
頬を赤らめてツンツンと肘打ちを創に見舞う愛華。
イメージとのギャップを上げるならば、異常に妄想たくましいこの性格である。
顔をしかめ、創は嘆息した。
「お前の脳味噌はそう言うパターンしか想像できないのか? もっとあるだろうよ。妹とか姉とかよ」
「き、近親相姦!?」
「アホか」
盛大にうなだれ、創は額を押さえた。
そんな知識ばかり仕入れる彼女の日常が少し思いやられる。
「アホかとは心外だね。せっかく心配して探しに来てやったというのに。ほれ」
ひょいと愛華が見慣れた鞄を差し出した。革製の学生鞄。
「これ無いと、いろいろ不便だろ?」
ニッと口角を吊り上げた愛華が持っていたのは、教室に置き去りにしてしまっていた創の鞄であった。
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