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月が高くなる真夜中。
外で誰かが熱心に稽古しているらしい。
剣と剣が混じる甲高い音が聞こえる。
開け放した窓から心地よい夜風が入り、カーテンが不気味に揺れていた。
仰向けになったまま目をあけると、澄んだ星空が目に入った。
『………』
こんな日はあの悪夢をみる。
──さようなら、クリミナ──
『っ………』
思い出さずにはいられない。
目を閉じると瞼の裏に写る。
あの黒ずんだ赤に染まった夜空が目隠しのように視界を覆って。
騒がしい足音が、
不快に響く警報音が、
荒々しく抑揚する呼吸が、
まるで子守歌のように俺を闇へと誘う。
3年前の、陸軍襲撃事件。
軍史上最悪の日となったあの夜のことはだれも口に出さない。
要となった彼女と仲が良かったことを、同僚は上司に言わなかった。
助かった。
彼女と仲が良かったことで首を切られるところだったから。
彼女を殺した、あの夜。
耳の奥で響いて病まない、さよならという声。
「はぁ…」
目を隠すように腕で覆って、重くため息を吐く。
何時の間にか外には誰もいないようで、剣の音は聞こえない。
涼しい夜風が木を弄ぶように揺らし、そのまま窓を潜って俺の部屋に侵入した。
皮膚を撫でる仄かに冷たい風が心地よく。
俺はあの日の薄暗い夜に目を隠され
不快な騒音と悲観なサイレンと苦痛な呼吸に誘われて
また闇へと堕ちていく。
俺の夜は、まだ明けないだろう。
(Lullaby that doesn't end)
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