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カズは知っている限りの修介さんを教えてくれた。
彼の話を聞きながら、時折脳内をよぎる解読不能な残像。
それは俺が捉え切る前に俺の頭を横断して行ってしまっていた。妙な懐かしさを含んだそれだった。
すべてを聞き終わった今、何時の間にかそれは確かな記憶になっていた。
鮮やかな過去の中で、笑っていたのは確かに修介さんだった。
俺には分からない過去を持っていて、俺には分からない激情を持っていて、それでも彼は俺の前でひたすらに笑ってくれていた。
いつだって俺を見て大切そうに笑ってた。
懐かしいと思った。切ないと思った。
そうしてふ、とまた何かが頭をよぎる。
俺は降り注ぐ雨を見た。
あ
「......思い出した」
俺は席を立つ。カズもつられて立ち上がった。
「どこ行くんだよ」
不安そうな顔だった。
俺はなに一つ話していないから、咎めることが出来切れずにいるんだ。
「カズ、ありがとう」
「戻ってくるんだろ」
千円をテーブルに置いて歩き出す。
カズが後ろから大きな声で、おい、と呼びかけてきた。
店員や数少ない客がこちらを見る。
「戻ってこいよ」
「うん...ごめん」
俺は振り返らずに店を出ようとした、とき
カズの消え入りそうな、叫び出しそうな声が俺の背中を打った。
「お前のことちゃんと好きだから」
思わず振り向く。
カズの泣きそうな顔を初めて見た。
俺は幸せ者だ。
いろんな人に好きと言ってもらえる。
こんなどうしようも無い人間を好きだと言ってくれる。
「ありがとう」
どうして俺はあの時笑って、ありがとうと言えなかったんだろう。
今度はしっかりと俺も伝えなくちゃ。
俺も好きだと伝えなくちゃ。
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