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――雨の降るグラウンド。
日の暮れたそこは暗く、どんよりとしていた。
その中で一人の少年がボールを握り締めていた。
少年はマウンドの上から、じっと正面を見つめている。
じとりと雨と汗の混じったシャツを肌から引き離し、息を吐き、大きく振りかぶる。
そして、足を上げボールを見つめる先へ投げる。
見事なオーバースローで放たれた球は雨を弾き、フェンスを鳴らす。
ボールは力無く地面に落ち、水溜まりに入る。
「やっぱりここにいたのか。行くぞ。」
フェンスからこちらを見る男がいる。
傘を持たずに現れたのはシャツにネズミ色のジャージという滅多に無い格好をした父親だった。
少年は言葉を発さず、父親を睨みつけるように見る。
そして、少年は二度と立つことの無いであろうマウンドを後にした。
「ゴメンな。俺の都合で引っ越しなんて。」
「……別に。気にしてない。」
心地悪そうに笑う父親を、少年は見ようとしない。
と言うよりも見たく無かった。
「大丈夫さ。向こうに行っても、郁斗はエースになれるよ。」
父親は手を大きく広げ、郁斗の注意を引こうとする。
「俺はエースになるために野球をやってなんかない。」
郁斗は少しキツイ口調になる。
少年は苦笑いをする父親を余所に、雨の降るグラウンドを去っていった。
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