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流石の狼もどき達も人里か何かは知らんが、人が多い所まで追っては来ないだろう。あの光の先まで逃げ切れば俺の勝ちだ。
そんな甘い考えを持ったからだろうか。もう少しで助かるとか、そんな希望を抱いてしまったからだろうか。
今まで全力でもって俺を前進させてくれていた足の力が、一瞬だけふっと抜けた。
そう、それで、あの狼もどき達は、俺の予想よりもずっとずっと近くにいたのだ。
足の力がふっと抜けた瞬間、俺の左手から一つの黒い影が飛び出した。そいつは紛れもなくさっきの狼もどきの一匹で、躊躇する素振りを見せるわけもなく俺の左腕に噛み付いてきた。
「ぐぅあ……っ!」
本当に痛い時、というのはどうやら漫画や小説でよくあるような叫び声なんていうのは出ないらしい。痛みで身体中が引き攣って――勿論それは空気を震わせて声にする器官、喉も例外ではなく、低いうめき声しか出なかった。
痛みで脂汗が止まらない。けど、ここで痛いからと足を止めてしまっては他の狼もどきにも襲われて、奴らの餌行き片道切符を手に入れてしまいかねない。それだけは絶対に避けなければいけないのだ。
普段の俺なら絶対に痛みに気を取られてぶっ倒れている自信がある。それぐらい痛いのだが、どうしても走ることを止めることが出来ない。
左腕に噛み付いているこいつをどうにかしなければ、いずれ力尽きて倒れてしまう。
痛みで左腕の感覚は何処か遠い星の彼方へ消え去ったので、左腕を振るという方法は早々に考えるのをやめた。
というか、普通に腕の骨が折れてそうな痛みである。新品の制服の袖は完全に狼もどきの牙に貫通させられていて、見なくても牙が腕の肉に食い込んでいるのがわかる。
血が尋常じゃないほど流れていて、シャツが吸収し切れなかった赤い液体が指を滴って地面にポタリと落ちる。
死ぬ一歩手前。駅で言うなら『死』という駅への片道切符を、切符売り場の前で買おうか買わまいか悩んでいるような、そんな状況。
人間そこまで追い込まれると逆に冷静になるものである。俺の頭は左腕の感覚を一切シャットダウンすると、この状況を打破する方法をドーパミンが出回った頭を必死に回転させながら紡ぎ出す。
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