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左腕が振れないというか使えないなら右腕を使うしかない。しかし右腕を使って噛み付いている狼もどきを殴ったところでさしたる効果は得られないだろう。
そんなわかり切っていることを実行する余裕なんてものはまったくもってどこにもないので、じゃあと別の事を考えることにする。
頭は冷静に思考しているが左腕の痛みは尋常じゃなく、ともすれば今すぐにでもぶっ倒れてしまいそうだ。こんな状態、何時までもつかわからない。
全速力で走って必死に逃げる。どうやら俺の腕に噛み付いている奴だけ先に来ていたらしい。先兵みたいな役割だったのだろうが今はそれが幸いしていた。
この状態で他の狼もどきに噛み付かれでもしたら俺は逃げ切れる自信がない。いや、逃げ切れる自信なんて最初から無かったけど。
まあでも、今はその不幸中の幸いに感謝しつつ、全力で逃げて考える。
と、いきなり目の前に細い木の枝が迫ってきた。突然のことだったので思わず右手で掴むと、その枝はポッキリと簡単に折れてしまった。
枝に当たってコケるようなことがなかったことに安堵する。そして直後に右手にある邪魔な枝を捨てようと手の力を抜こうとした。
瞬間――頭の中で、この枝を狼もどきに突き刺せばいいんじゃないか? というか思考が産まれる。そしてそれは光の如き早さで俺の頭の中を占領した。
普段の俺なら動物に危害を加えるなんてことは、絶対にしなかっただろう。そんなことんしてはいけないという気持ちもあったし、動物が可愛いという気持ちもあったし、何よりもそんなことをしても自分の気分が良くないからだ。
しかし、この時の俺は焦っていた。冷静な頭はどうやら逃走方法が見つかるまでのたんなる『繋ぎ』だったらしく、その方法が見つかった瞬間に仮初めの『冷静』は一気に『焦り』へと転換した。
そして俺は何を考える事もなく、右手にある枝の先を狼もどきの真っ赤な目に突き立てた。
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